手ぬぐいの歴史

 

手ぬぐいの歴史を紐解いていくと、約1300年前の平安時代(794-1185)に遡ります。
まだ庶民が利用するものではなく、宗教的な儀式で身体を清めたり器具を洗浄したりすることに使われていたようです。当時は、日本で綿が栽培されておらず手に入りにくかったことから、絹や麻を中心とした織物が利用されていました。

その後、鎌倉時代(1185-1333)になると、武士が鎧兜の下に着用するようになり、室町時代(1336-1568)には、庶民がお風呂で身体を拭うために使うようになり、少しずつ生活に実用的な使い方になっていきました。

江戸時代(1603-1868)になると、日本でも都市近郊で綿の栽培が盛んになり、木綿の織物が普及したことで、現在のように綿の手ぬぐいが広く利用されるようになりました。手ぬぐいの用途においても、手を拭いたりするだけでなく、食器を拭いたり、身に着けるものとして利用したり、(例えば、赤ちゃんのおしめとして、女性の着物の下帯として、着物が汚れないように前掛けとして、など)、使用は多岐に渡るようになりました。

江戸時代後期には、贅沢禁止令が出されたことから、庶民は贅沢な着物を着ることができなくなります。素材は綿と麻に、染め色も茶・鼠・藍に、柄についても派手なものは禁止されました。ただし、人々は他人とは違うものを身に着けたくなるものです。規制の中から、多くの色や柄が生み出され、それらを自身を着飾るおしゃれな小間物として、頭に被ったり、マフラーのように首に巻いたり肩にかけたりするようになり、己の気風や主義主張を手ぬぐいで演出するようになりました。職業によっても、手ぬぐいの被り方が異なり、いろいろな被り方の名称がありました。当時庶民に人気のあった歌舞伎舞台でも役者が被り物や衣装として手ぬぐいが使用され、歌舞伎役者は自分の家紋を入れて贔屓客に名刺代わりに配ったり、ファンはそれを買い求めたりしました。
こうして、現代の手ぬぐいは江戸時代に花開いたと言えるでしょう。当時の描かれた浮世絵には、手ぬぐいを身に着けたものを多く見ることができます。 

その後、染色技術も発達し、明治時代 (1868-1912)には「注染」と呼ばれる技法が考案され、複雑な図柄にも対応できるようになります。この染色技法の特徴は、シルクスクリーンプリントとは異なり、糸の中まで染料を染みこませることで布地を硬くしないこと、吸水性が良く乾きやすいこと、柄に裏表がなくリバーシブルで使えることで、手ぬぐいには最適な染め方と言えます。


手ぬぐいはとてもシンプルな布だからこそ、古くからいろいろな目的で利用されてきました。私たちはこのシンプルな布をあなたの発想で自由に使っていただきたいと思っています。